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柔らかく優しく甘く ⑪

話が進むと思うでしょう?

でしょう?

なんで私のお話は進まないんでしょうね?←デフォ

でもこれを抜くと伝わらない気がするのです。

よろしければお付き合いくださいませ。 

 

 

************** 

 

 

下町、章安区_______

 

____思ったよりも効果が出ているようだな。

 

早朝、まだ日も明けやらぬそんな時間、黎翔は下町に下りていた。

常ならば朝一に重臣たちとの朝議の時間が持たれるのだが、議題が煮詰まり、良い案も出ないという事で、もっと良い案を考える時間を持つために今日は珍しく休みだったのだ。

黎翔が即位して間もなく、王都の治安や経済の安定にいち早く取り掛かった彼は、時間を見つけてはこうして自ら効果を確かめに下りていた。

といっても、眼鏡の側近には毎回大目玉を食らうのだけど、それもまためんどくさいながらも楽しみの一つだと思い、お忍びをやめる気などさらさらないのであった。

 

こんなに早い時間にも拘らず市は賑わい、女性一人で切り盛りしている店も見られる。

ほんのちょっと前まで、この時間にあいている店と言えば、腕に覚えのありそうな店主のいる店か、ちょっと強面のお兄さんがやっている屋台くらいだった。

所々で値に対する言い争いが聞こえ、法外な値段で物の売買がされていた。

 

とてもではないが、民が安心して商いができ、また買い物ができる場所ではなかったのだ。

 

それが今日はどうだ。

屋台からは温かそうな湯気が立ち上り、その周りでは談笑しながら皆が美味しそうな粥に舌鼓を打っている。

話している内容も、以前に比べると随分と明るく、野菜の値が安定したとか、安心して商売ができるようになったとか、黎翔の耳を喜ばす話題に満ちていた。

 

王宮に居れば、民の声など届かない。

そういう声は都合のよい貴族の世迷言に打って変られ、こうやって危険を冒そうとも直接見聞きしなければわからないのだ。

正直王宮で聞く声は貴族の為にはなっても庶民の為にはならないことも多いだろう。

どちらも大切な民には変わりはなかったが、階級社会の闇を、差を少しでもなくしたいという思いで必死にやって来た。

それがこうやって少しでも生かされていることを見るのはとても嬉しいことだった。

 

心が少し温かくなるのを感じながら、そろそろ眼鏡の側近が怒りを爆発させる前に戻ろうと踵を返した時だった。

 

ドンっ!!

 

誰かにぶつかって、どうやらぶつかった方が尻餅をついて倒れてしまった。

その人物は「いった~。」っと言いながら口を尖らせて周りを確認している。

それが少女だと気が付いた黎翔は手を差し伸べた。

 

「あ、ごめんね。大丈夫?」

 

差し出された手を見て、その後黎翔の方を見上げた彼女は、パッと顔を真っ赤にしたかと思うと今度は血の気が引いたのか青ざめた。

 

「い、いえ!あの、此方こそすみませんでした。余所見をしてしまって。お怪我はありませんか?」

 

転んだ少女は此方の手を見つめ、どうしたらいいのかと目を泳がし、まるで目に入らなかった、とでも言わんばかりに自分で立って埃を払い始めた。

 

差しのばした手を放置され、しばし自分の手を見つめ呆然としてしまったが、少女が真っ赤になりながら湯気を頭から出しているのに気が付くと自然と笑みが零れた。

 

「いや、僕は何ともないよ。君は大丈夫?転んだけど、傷はない?」

 

基本的に他人が傷つこうとなんだろうと気にならないはずの自分がなぜ彼女にそう言ったのかわからなかった。

ただの気まぐれか、彼女が余りにも面白そうだったからなのか。

 

「あ、はい。大丈夫です!すみませんでした!あの、私、急ぎますので!!失礼します。本当にすみませんでした。」

 

「あっ。」

 

もう少し彼女のコロコロ変わる表情も、真っ赤に染まる頬も見ていたかったのに、彼女は脱兎のごとく駆け出して見えなくなってしまった。

彼女の態を思い出すと知らず笑ってしまう。

 

「くっ、くっ、くっ。」

 

_____逃げ足の速い兎だな。

 

さて、彼女に見習って、私も王宮に急ぐとするか。

 

先程までの柔らかい雰囲気は霧散して、黎翔は王宮へと戻った。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

「くっ、くっ、くっ。」

「へ、陛下!ここで笑うのは控えてください。」

「大丈夫だ。周りには誰もいない。」

「・・・。いかがされました?その様に笑うなど、珍しいですが。」

「ふ、そうだな。珍しい毛色の野兎を見つけたんだ。」

「野兎、で御座いますか?」

「ああ。」

「王宮の庭に紛れ込んでいたので?」

「いや、王都に居た。」

「はぁ、今朝抜けだされていた時、ですか?」

「ああ。とても可愛らしく元気だったぞ。」

「はぁ、それがそんなに笑いを誘うのですか?」

「ああ。コロコロ表情が変わって実に面白いぞ。」

「表情、ですか?」

「まぁ良い。この話はこれまでだ。」

 

兎に表情なんてあるのかと訝しげな目線を送ってくる李順をうっとおしく感じ、政務に取り組む振りで書簡に目を落とす。

書簡の上に下町で見かけた可愛い野兎を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

それからも黎翔のお忍びが治まることはやっぱりなかった。

事あるごとに抜け出し、何か施策を出して実行しては暫くすると王都に下りたって自身の目で確かめに行っていた。

 

政務の少しの合間に抜け出すので時間はいつもまちまちではあったものの、そのうち何度かは以前ぶつかった黎翔のいう所の野兎である少女とすれ違っていた。

彼女の方はといえば黎翔にちっとも気が付かなかったのだが、黎翔は何故かいち早く彼女の気配を察し、鈴のような清らかな声のする方へ吸い寄せられるのだった。

 

見るたびに野兎は元気で、いつも大輪のひまわりのような笑顔で町の皆と会話を楽しんでいた。

ある時は働いている貴族の屋敷で何をやり皆に褒められた、とか、一緒に働くみんなの為に何かしたい、とか、あと高級な食材が所狭しと置かれていて目に毒だ、なんて言っていたこともあった。

屋敷の姫や息子とも知り合ったとも言っていた。

貴族の蔑むような視線に晒されたかと聞き耳を立てると、全然違っていて。

寧ろ姫や息子がどれほどの情のある兄妹かという事を皆に話していた。

どうやら彼女はその屋敷の者に大層好かれているようだったし、その貴族の屋敷での仕事がとても気に入っているようだった。

 

黎翔には野兎の少女が言う全てが新鮮に感じた。

彼女の言葉は何の意図もなく紡がれているだろうことが分かるくらい明るい響きがあった。

王宮で常に感じる自分へ向けられる言葉との違和感。

表面は自分を褒め称え崇め奉っている様相を呈していても、その奥に潜められている蔑み、侮蔑の感情。

周りの何をも信じることが出来ない己の立場。

彼女のような人が側にいてくれたら、少しは心が穏やかに過ごす時間も持てるだろうか。

気が付くと黎翔はそんなことを考えるようになっていた。

 

でも、と自分の考えに自嘲気味に笑う。

そんな事はあり得ないことなのだ。

自ら望んだものを側に置き、心の安寧を求めるなど王に許されることではない。

現に自分には既に己の感情とは関係のない所で許嫁が決められており、それは国益の為にもなるという事は十分わかっていた。

正妃として遇するのに十分である許嫁の姫を娶り、落ち着いたらその他にも国の為になる姫を数名迎える。

これは黎翔が望むと望まざるとに係わらず慣例であり決定事項であった。

世継ぎを設けること、国の為になる数多の姫を娶る事は王としての責務であり、庶民のような一夫一妻、相手だけが唯一という夫婦関係は可能性としても考えるべくもなかった。

 

そして遠くに母の幻影が浮かんだ。

只の舞姫に過ぎなかった母が父王に見初められ後宮入りし、どのような辛い目にあったのか。

思い出すだけで胸の中に黒いものが広がることを感じた。

母の様な女人を作らいないためにも何事にも、何者にも執着を見せてはならないと心に誓ったのだ。

 

____私は王なのだ。

____個としての僕は、玉座に座るときに捨てたはず。

____何も望んではならない。

____野兎は野に居るべきだ。

____僕の為に辛い思いをさせることはない。

____今ならまだ、諦められる。

 

そう心に強く思い直し、黎翔は伝え漏れてきた話から分かった彼女の名前を囁いた。

 

「・・・ゆーりん。」

 

それから黎翔は下町に下りることはなくなった。

 

 

 

************* 

 

 

やっとばらしたと思ったら過去に飛ぶっていう罠←仕掛けているのはお前だ!

 

 

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柔らかく優しく甘く ⑩

とんでもお久しぶりです!

放置してしまい申し訳ございません!

ちょっと、いろいろあって←

もう少ししたらわかると思うのでそれで許してくださいませ(>_<)

 

では久しぶりですが!

王宮に戻った夕鈴!!待ち受けるのはあの人です( *´艸`)

 

いってらっしゃいませ!

 

 

 

*************** 

 

 

「で?」

「え?」

「それさぁ・・・。」

「え?どれ?どっか汚れ残ってる?」

「いや、違くて。」

「は?何?私忙しいんだけど。」

「うん、そうだね。部屋は綺麗だよ。」

「もう!何なの?」

 

後宮に戻ってまたいつもの生活が始まった。

相変わらず陛下は甘くて、いや。

相変わらずなんてものじゃない気がする。

一度下町に戻って庶民の生活をしてきて、もしかしたら後宮に来る前の、陛下の優しい腕に囚われる前の私に戻ったのかもしれないけど。

以前にも増して陛下の睦言や態度は私を甘く縛りつけてくる気がする。

 

戻ってきた日なんて、妃衣装に着替え与えられている部屋に戻るや否や陛下がやって来た。

 

「やっと戻ったか。君のいない日々はまるで真冬の様に寒い毎日だった。」

 

とか何とか耳元で甘く囁いて来て、侍女の皆さんも下げてくれないし。

早速腰が砕けて、結局陛下の腕の中にまんまと囚われて、それで・・・。

そ、それ、で・・・。

侍女さんたちも、頭を垂れているとはいえ側に控えていたのに。

なのにまた口付けられて・・・。

侍女さんたちがいるから拒否できないのを見越しているのだろうけど。

唇が離れた時に拒絶する言葉を小さな声で言うので精一杯で。

 

「ふっ、や、やだ。」

「はぁ、君は私と離れていて寂しく思ってくれないのか?」

 

陛下から紡がれた言葉ははっきりと周りにも聞こえる様な言い方で。

私はどうしたらいいかわからず黙って俯いた。

 

すっと陛下の指が私の顎を捕え上を向かすと同時に腰を攫われ捕えられる。

すぐさままた唇を塞がれ甘くなぞられる。

息も絶え絶えになり朦朧としてきたところでやっと解放された。

 

「私は君が足りない。本当は政務などほったらかして君と過ごしたいのだがな。」

「は、はぁ、・・・。」

「ふっ、そんな顔をして私をこれ以上煽るな。」

「そ、そんな、こと・・・!」

「恥ずかしがらずとも良い。今宵、離れていた分も共に過ごそう。」

 

そう言うと私の濡れた唇を親指ですっとなぞって踵を返して出て行った。

 

相変わらず私に顔を見てもらう事に夢中のようで、ありとあらゆる嫌がらせのようなものは続いていた。

その最たるものが口付けというだけで。

以前にも増して共に過ごす時間を持とうと政務に精力的に取り組んでいるらしかった。

李順様にしたら、理由はわからないけど政務は捗るし、縁談除けにはなるしで一石二鳥だとかで。

私が陛下に口付けされていることは知らないようだったけど、我慢できるなら我慢しなさいと言われた。

我慢なんてする、しないではない。

嬉しく思うのは確かだった。

確かだったが、そこに感情がないのなら、ただ悲しいだけだった。

王様に対して何を想うのかと自嘲するものの。

初恋は叶わない、そう明玉も言ってたけど。

やっぱり初めての口付けは、想いが通じ合った相手が良かった。

好きな相手なだけマシなんだろうけど。

そこには何の感情もなく、まるでゲームの掛けの様に、手段の一つとして行われるそれに心がどんどん疲弊していくのを感じた。

 

心の平常を保つために、時間が開いたときはより一層後宮の立入禁止区域の掃除に夢中になった。

ここに来て本来の自分に戻る時だけが、安らげる時間だった。

 

 

 

 

 

「で、さあ、りんりんちゃん?」

 

物思いに耽っていると大ちゃんが隠密らしからぬほど大きな声で話しかけてきた。

 

「もう!何よ!!」

「それさぁ、どうしたの?」

「それって?」

「・・・。」

 

大ちゃんは黙ってじーっと一点を見つめている。

顔、じゃないわね。ん?

 

「あ。これ?」

「そう、それ。」

 

大ちゃんが指を指したのは髪に挿していた、翔から貰ったあの簪だった。

 

「これは~、そのね、貰ったの!」

「誰に?」

「誰だっていいでしょう?今は掃除婦なんだし、何つけてたっていいじゃない。」

「まぁそうだけどさ。」

 

納得できないと言う顔で此方をなおも見つめてくる。

と、ニヤッと口角を上げて笑顔になった。

 

「それ、好きな人にでも貰った?」

「い、え?あ?な、なんで?」

「こっちにいる時はいっつも付けてんじゃん?」

「あ、う、そう、ね。」

「そっかー、いい人いないなんて言って、いたんだぁ。」

 

ニヤニヤしながら顔を覗き込まれる。

くっそー、私きっと今ものすごく顔が赤いに違いない。

 

「仮にも妃に想い人が・・・。っぷ。」

「仮ですから!私の心は私の物です!」

「陛下が知ったら・・・。」

「陛下は関係ありません!!もう、あっち行ってよ!これから肉饅頭作るんだから!」

「お、久しぶり!オレの分もある?あるよね?」

「あんまり意地悪言うとないわよ?」

「言いません!言いません!下さい!!」

「じゃあもう行って!できたら呼ぶから顔出してよ。」

「はい、はい!」

 

浩大は窓枠を蹴って屋根に逃げる様に上るとニヤッと笑いながらも複雑に思った。

 

____あれ、へーかだよな。

____りんりんちゃんは気が付いてないみたいだったけど、へーかの印が彫られてたぞ。

____ふっ、何やってんだか。どうなるのかなぁ。

 

そういえば、臨時妃が休暇の間、陛下はよく行方不明になって李順が探し回っていた事を思い出しほくそ笑む。

これは楽しくなりそうだな、と。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

「大ちゃーん、こーだーい!!」

「はい、はい。そんな大声出さなくても聞こえるよ。」

「あら、それは悪かったわね。ほら。」

「うわ!すっごい湯気!出来立てじゃん。ウマそう!!いっただきまーす。」

「今日はね、ちょっとお野菜の配合を変えてみたのよ。どう?」

「ん、ほっ、あちっ、んむ、んむ・・・。」

「・・・。」

「うめぇ!なにこれ?今までで一番だよ。」

「本当?やったぁ!」

「もっとちょうだい。」

 

言うが早いか浩大は卓の上にまだ残っていた肉饅頭に手を伸ばした。

 

「ちょ、ちょっと!駄目よ!李順様の分なんだから。」

「ちょっとくらいいいじゃん。」

「駄目~。いつも陛下と共に政務をこなして、更に私の妃教育まで休む間もなく働いてるんだから。食事位はちゃんととってもらわないと。」

「少しくらい食べなくても平気だよ。」

「ちょ、ちょっと・・・。」

 

夕鈴の手が制する前に、当たり前だが浩大の隠密としての動きが勝り肉饅頭の大半を奪われてしまった。

 

「じゃあ、ごちそうさま~。」

 

夕鈴が呆然としている間にさっさと窓際まで逃走し颯爽と屋根の上まで逃げおおせてしまった。

 

「こんの~~~~~!!!!!」

 

下町で伊達にお転婆と呼ばれ、嫁ぎ遅れと言われてるわけじゃないのよ!

馬鹿にして~~~!!!くっそ~~~!!!

 

 

 

 

 

「ちょっと!こーだい-----。」

「へ?ちょ、待っ、りんりんちゃん、何し・・・。」

「何しにじゃないわよ!返しなさいよ!!」

「いや、もう食べちゃったし?」

「なにぅお?」

「いや、勇ましいにもほどがあるよ。一応女の子なんだし戻ろうよ。ね?」

「も、戻りたくてもどうやったら戻れるかわかんないわよ!」

「いや、普通上ってこないし・・・。」

「どうしてくれんのよ!」

「あっ、やばいよ。」

「何よ!」

「あちゃー、見つかった。」

「???」

 

肉饅頭を奪って屋根の上に逃げ出した浩大を追いかけて、半ば意地で上ったまでは良かった。

冷静になってみると思っていたよりも風は強いし、高いしで足がすくんで動けない。

浩大の声に振り返るととんでもなく黒い冷気を振りまいた陛下が地上から此方を見上げているのに気が付く。

麗しく黒い前髪の向こうは鋭く睨み付けているようで背筋に嫌な汗が伝う。

肩がビクッとなった瞬間、体勢を崩してしまった。

 

「っ~~~~。」

「っ、あっぶね~。セーフ~。」

 

視界が回る瞬間、浩大の手が伸びて来て引っ張られ浩大と共に屋根に転がった。

かろうじて落ちずに済んだ。

ホッとしたのも束の間、下から冷ややかな声が響いてきた。

 

「浩大・・・。」

「は、い・・・。」

「・・・。」

「あー、了解しました。老師の部屋に戻ります。ってことで、戻ろうぜ、りんりんちゃん。」

 

何かよくわからないけど、見たこともないくらい青ざめている大ちゃんは陛下と目で会話したのか老師の部屋に戻って陛下の訪れを待つことになった。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

「それにしてもあなたは!仮にも妃が!屋根に上る等・・・。私は何処から怒ればいいのかわかりませんよ。」

 

老師の部屋に戻ってしばらく、陛下が李順様と共にやって来た。

李順様もまた陛下同様黒いオーラを纏い、怒りの頂点と言った風体だ。

あまりもの怖さに目を逸らすと、その先では陛下がこちらに背を向けて大ちゃんを叱責しているらしかった。

いつもニコニコと隠密らしからぬ大ちゃんだけど、膝をつき冷や汗をかいているところを見るからに、彼にとっても陛下は相当怖い相手なのだろう。

 

「聞いてるんですか?夕鈴殿?」

「す、すみません・・・。」

「謝ってもやってしまったことは元には戻りませんよ!大体、なんで!どうして!!屋根になど上ったんですか?」

「えっと、それはですね。」

「・・・。」

 

煌めく眼鏡の奥の潜む瞳に睨み付けられ竦んでしまうが、これは、これだけは言わなければならない。

 

「だって・・・。」

「だって、なんですか?早く仰い!」

「は、はい!あの、肉饅頭・・・。」

「は?」

「李順様の分の肉饅頭、大ちゃんが持って行っちゃったんです。それで・・・。」

「・・・。」

 

眼鏡が一層光り輝き、殺気が一層鋭く空気を切り裂いた気がした。

 

「浩大?貴方・・・。」

「いや、ほら、オレ、うんと、美味しかったから・・・?」

「美味しかったら私の分も食べていいという道理が通るとでも?」

「ん~、っと、通らない、かな?」

「通りませんね。」

「だよね~。」

「だよね~、じゃありません!私の肉饅頭を、貴方!!」

 

さっきまで妃はお淑やかにとか色々説教していたその人が食い気で隠密を追いかけ回すその様はあまりもの光景で、目が点になりつつ事の成り行きを見守っていた。

 

散々追いかけ回したものの、結局捕まえきれずに李順様は諦めたようだ。

まぁ、大ちゃんはこれでも陛下直属の優秀さらしいので李順様といえども捕まったりはしないだろう。

 

それでも目を吊り上げて大ちゃんを睨み付け、息も絶え絶えに肉饅頭の行方を確認する。

 

「はっ、はっ、そ、れで、肉饅頭は、ないのですか?」

「・・・。」

「夕鈴殿?」

「え、はい、一つ、は残ってますが・・・。」

「じゃあそれを頂きますよ。」

「えっと、でも陛下もいらっしゃいますし・・・。」

「何言ってるんですか、貴女は。陛下に小娘が作ったものなど食させるわけがないでしょう。」

「で、ですよね・・・。」

 

そりゃそうだ。

陛下はこの国の贅を尽くした料理をいつでも好きなだけ食べられる立場だ。

とは言え、必ず毒見が入り、食べても問題ないと確認されたもののみ口にされる。

私なんかが作った物なんて恐れ多くて、確かにとんでもないことを口にしてしまった。

 

「じゃあ、頂ますよ。」

 

李順様が嬉しそうに只一つ卓に残っていた肉饅頭に手を伸ばした時だった。

 

「えー、僕の分ないの?ゆーりん。」

 

此処にいるはずのない、聞き覚えのある声が部屋に響いた。

 

 

 

 

****************

 

 

ええ、このシーンのこのセリフを書きたいがために書いたんですの( *´艸`)←アホ

 

 

一緒に楽しんで頂けたら光栄です!

 

 

 

柔らかく優しく甘く⑨


っていうかですね。

 

こっちは鬼暑くてですね。

 

お正月三が日、うちの4歳の殿は半袖で過ごしましたよ、ええ(*_*;

冬っていつからでしたっけ?

今年は冬物買う手間が省けましたね←チガウ

 

旅行者と思われる皆さんのコートがなんとも・・・

 

それでは、下町編完結です(#^^#)

 

いってらっしゃいませ! 

 

 

 

************* 

 

 

 

「あれ?」

「あっ。」

「また会いましたね。」

「ホントだね。こんにちは。」

 

あれから毎日買い物に行くたびに翔に会う。

いつも出掛ける場所も買う物も違うのに、何故かすれ違う。

 

どんだけ偶然?

 

ちょっと疑問にもなるけど、あの人懐っこい優しい笑顔で声を掛けられ近付いてくるのが嬉しく感じる自分もいて。

今日は家を出てからずっときょろきょろしながら歩いている自分に気が付いていた。

当たり前の様に顔を合わせ、いつものように家へ来てご飯を食べる。

毎日来るから青慎ともすっかり顔なじみになってしまっていた。

他愛のない話をして微笑みあっておやすみなさいを言って別れる。

優しくて穏やかな日々だった。

 

けれど、そんな日はいつまでもは続かない。

 

「あの、翔、あのね・・・。」

「うん、どうしたの?」

「えっと、私、ほら、住み込みで働いてるって、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。」

「それで、ね。今日中には戻らなきゃいけなくて・・・。」

「え?本当に?」

「うん。あの、毎日会えて、その、た、楽しかった。」

「・・・そっか。僕もゆーりんに会えて、毎日ご飯食べれて楽しかったよ。」

「・・・。」

 

物凄く残念そうに俯くから何も言えなくなってしまう。

 

「仕方ない、ね。」

「ごめんね。」

「・・・。」

「・・・。」

 

いつもは今日は何食べたい、とか、どんなものが好き、とか、いろいろ話しながら買い物をしたり歩いたりするけど、今日はもう一緒にご飯を食べることは出来ない。

 

肩を並べて王宮まで向かいながら、離れがたくて、でも何も話せなくて、二人で黙ったまま歩いていた。

 

「あ、あのさ・・・。」

 

翔が立ち止って私の手を掴んで言った。

 

「う、うん、何?」

 

急に手を掴まれて驚き、手を引こうとしたけど、翔は逆にギュッと握りしめてきた。

 

「あの、また会える?」

「え?あ、また休みが貰え、たら。」

「・・・、また肉饅頭、作ってくれる?」

「うん、翔、美味しいって言ってたね。」

「僕、ゆーりんの作った物じゃなきゃ、もう食べる気しないな。」

「ふふ、何言ってるの?私のなんて適当だよ。」

「そんなことないよ。優しくて、甘くて、ゆーりんらしい味だよ。」

「~~~~~。」

「おっと、危ない。」

「~~~~~、もう、あ、歩けないじゃないの。」

「ふふふ、知ってるよ。」

「知ってる、じゃない!もう!!」

 

休みの間中毎日顔を合わせて喋ったけど、翔は言葉を真っ直ぐに此方へ向けてくる。

あまりもの恥ずかしさに腰が砕けると、翔はタイミングよくいつも支えてくれた。

 

まるで、王宮に居るあの人のように_____。

 

翔と過ごす時間は優しく温かくて、私にとっては宝物のような時間だった。

常にドキドキして緊張を強いられる仕事で疲弊していた心を柔らかく包み込んでくれた。

でもそれと同時に、何故か時々陛下の事を思い出して辛かった。

何かの拍子に翔の行動が陛下のそれと重なってその時の感情を思い出し私を揺さぶった。

翔に好意を感じれば感じるほど、陛下の事を思い出して困った。

戻ればまた陛下に翻弄される日々が待っているだろう。

会いたい、辛い、でも・・・。

翔にも同じことを感じる自分がいた。

あの笑顔が見たい、美味しいって言ってもらいたい。

自分の心の中に2人もいるなんて考えられなかった。

第一、今まで恋なんてしたことがない。

好きになるのは1人だと思っていたのに、いきなり2人とか許容できない。

どちらも気の迷いじゃないかと思う。いや、思いたい。

大体、どっちにせよ身分違いなのには違いないだろう。

何故か毎日下町でばったり会ってはいたものの、翔は身に付けている物といい、物腰から食べ方までどことなく気品があった。

青慎が勉強している時も、そっと助言をしているところを何度か見たこともある。

あれだけの教養や知識を持つ人が庶民なんて考えられない。

それに気が付けたのは、李順様のお妃教育の賜物だけど。

知らないという事をわからなければ、わからないことだらけなのだ。

教育というのは本当に大切で、それを庶民にも与えてくださった陛下は素晴らしい方には違いなかった。

 

考えに耽っていると、そっと下ろされた。

 

「ここで、いいかな?そろそろ貴族の居住地域だし。」

「あ、済みません。お、重かったですね。」

「んーん、ゆーりん軽いから大丈夫だよ。」

「翔は何か鍛えてるの?荷物もいつも軽々と持ってくれたし。」

「ん~、まぁね。人並みにね。普通だよ。」

 

ニコニコと笑みを絶やさずに、最後まで私を気遣ってくれる翔が嬉しかった。

本当は離れ難いけど・・・、でも。

 

「あ、じゃあ、私行きますね。」

「うん、また、ね?」

「はい!また!」

「あ!ちょっと待って!!」

 

翔は私の腕を掴んで引き寄せた。

するっともう片方の手が頭の方に伸びて何かが差し込まれる。

 

「え?何?」

「うん、毎日御馳走になったから、そのお礼。」

「え?え?」

「簪、だよ。」

「ええ!そんなの貰えないです。私だって毎日会えて楽しかったし。」

「うん、僕も。・・・、だから、忘れないで?」

「わ、忘れないですよ?」

「うん。」

 

翔はこの数日では見たことがなかったくらい寂しそうに微笑んで簪に手をやった。

その瞳に見つめられると居た堪れない気持ちになる。

 

「で、でもこんなの貰わなくても、忘れないですよ。」

「うん、ゆーりんはさ、そうだと思う。」

「そうですよ。」

「うん、これはね、僕の我儘だよ。」

「わ、わがま、ま?」

「そう。見るたびに僕を思い出して。忘れないで。」

 

どうして会って数日しか経たない私にこんなにも懇願するような目を向けてくるのだろう。

正式には大分前にぶつかっているのだけど。

 

「ね?僕の顔、忘れないでね?」

「わ、忘れない!約束する。」

「絶対だよ?あと肉饅頭も、約束だよ。」

「はい!腕が鈍らないように、あちらでも作ってもっと美味しくできるように頑張りますね。」

「うん、僕、楽しみにしてるね!」

「じゃあ!」

「じゃあ!」

 

何度も振り返りながら手を振った。

何度振り返っても、嬉しそうにこっちを見て手を振り返してくれるから、こっちも嬉しくて、何度も何度も、遠くなっても飛び跳ねるように手を振った。

その度に頭に挿してくれた簪がシャランシャランと心地よい音を立てた。

 

翔に尻尾が生えてぶんぶん振っているように見えたのは私だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

翔が見えなくなると王宮を見上げた。

物凄く立派で、威厳があって、太陽の光を浴びて光り輝いている。

だけどなんだか周りからは浮いているようにも見える、孤高の牙城。

まるであの気高く人を寄せ付けない雰囲気を漂わせながらも、寂しそうな声を出して優しく私を縛り付けるあの人のように。

 

真っ直ぐ、あの人が待つ、いや、待ってはいないだろうけど。

あの人がいる王宮へ。

 

翔のおかげで少し気が晴れたのも本当だったから。

それと同時に、寂しそうなあの人も心配だったから。

 

下町に久しぶりに来て、暮らしがより良くなっているのを感じた。

これからも陛下の御世で発展していくのだろうと思う。

あの人の事は、良くはわからないけど。理解はできないけれど。

そんな気持ちを持つのも不敬に当たるかもしれないけど。

寂しそうで頑張りやなあの人の、少しでも、ほんの少しでも役に立つのであれば。

 

もう少し、頑張ってみよう。

 

 

 

 

*************** 

 

 

 

つづく


柔らかく優しく甘く⑧

こんばんは!

 

あけましておめでとうございます!

今年も亀更新になるとは思いますが、よろしくお願いします(#^^#)

 

さて、明日から仕事です・・・((+_+))

いやだぉ、まだやすみたりないぉ!!

と叫んでみても、業務は待ったなしですね←

では、連休最後の日に・・・

下町編、どうぞ~。

 

 

 

 

**************** 

 

 

 

「お!夕鈴ちゃん!久しぶりだね!どこ行ってたんだい?」

「おじさん!お久しぶりです。今、住み込みのお仕事で此処から離れてるんです。今日は久しぶりにお休みを頂いたので、青慎の好きなものをたっくさん作ろうと思って。だから、これ、安くして!」

「あはは、暫く見なくても変わってないな。よし!姉弟愛に免じて負けとくよ!」

「やった!おじさんかっこいい!」

 

妃バイトを始めて初めての休みを貰って下町に帰って来た。

 

こちらにくる前に氾家にも寄り、後宮での生活や陛下の御様子などを旦那様や紅珠様にお話をして。

瞳をキラキラさせ頬を染めあげ身を乗り出して陛下のお話を聞く様はとても可愛らしくて。

さすが御正妃様になる方だけあるなと変な感心をしてしまった。

常日頃、妃教育の中で李順様のおっしゃる妃像、まさにそのままの貴族の御姫様。

 

羨ましい・・・。

 

何がかはこれ以上考えないようにして急いで地元に帰ってきた。

思考に囚われては危険だ。

私の中の何かがそう言っていた。

 

 

 

 

 

「おい!」

「・・・。」

「おい!お前!」

「お前呼ばわりされる覚えはないわよ!」

 

この馬鹿金貸しが!!

 

「お前、貴族の屋敷に住み込みだっていうから少しはお淑やかになるかと思ったけど、何も変わらねぇな。」

 

ふっ、と口角を上げて嫌味を言ってくる。

 

「うっさいわね!几鍔!あんたなんかに言われたくないわよ。ほっといてちょうだい!」

「ほっとけるか!お前は俺のシマのガキだからよ。」

「だからガキじゃないっつーの。」

「まぁ、いい。帰って来たんなら青慎が喜ぶだろうさ。たまに見に行ってるが、大丈夫って言っちゃいるけど寂しいだろうからな。」

「・・・あ、ありがとう。でも、また行く。」

「はぁ?仕事終わったんじゃねぇのか?」

「ただの休みよ。また戻らなきゃ。」

「なんでだよ。お前青慎が可愛くないのか?」

「可愛いに決まってんでしょ!バッカじゃないの?お給金がいいのよ。仕方ないじゃない。」

「まぁ、そうか。何か困ったことがあったら言え。青慎はちゃんと俺が見とくからよ。」

「・・・うん、よろしく。」

「はんっ。素直だと気持ちわりーぜ。」

「うっさいわね。触らないでよ。」

 

最後まで憎まれ口をたたき合って、人の頭をくしゃくしゃにして去って行った。

 

ちょっと面白くないけど、面倒見がいい昔馴染み。

こいつなら碌でもない父親よりもよっぽど頼りになるだろう。

 

可愛い青慎を此処に残して、青慎の為だからってあんな仕事をしているのがばれたらこっぴどく怒られそうだけど。

 

ドンっ!!

 

考え事をしながら歩いていると何かにぶつかって持っている野菜などが転がっていった。

けれど自分はちっとも痛みも衝撃もなくて。

気が付くと誰かに腕を掴まれ支えられていた。

 

あれ?この温もり・・・わたし・・・?

 

「大丈夫?」

「あ!っと、すみません!考え事をしていて・・・。」

 

ごつごつとした手や指に男の人なことに気が付く。

 

「やぁ、また会ったね。」

 

また・・・?

見上げると眼鏡を掛けた美丈夫が柔らかく微笑みながら此方を覗き込んでいた。

 

「ええと?」

 

どこかで会ったかしら?

よっぽど私が不思議そうな顔をしていたのだろう。

美丈夫は困ったような期待外れのような微妙な顔をした。

 

「前、朝早くに。ほら、確か君が今日から貴族の屋敷で働くんだって言って急いでた。」

 

「・・・あ!」

「思い出した?」

「は、はい!あの時もぶつかってしまって。すみませんでした。」

「いや、大丈夫だよ。・・・はい、これ。ずいぶんたくさんの荷物だね。」

 

誰だったか深く考え込んでいる間に、目の前の美丈夫は私が転がしてしまった荷物をすべて集めてくれていた。

 

「あ、ありがとうございます!重ね重ねすみません!え~っと・・・。」

「うん、大丈夫だよ?それよりも、その荷物一人で持って帰るの?」

「あ、はい!今日は久しぶりの休みなので、弟の好物をいっぱい作ってあげたくて。つい買いすぎちゃいました。」

 

1人というには過ぎた荷物が恥ずかしく変な汗が出てくる。

ふぅ、とため息が聞こえて来て泣きそうになってしまった。

 

「じゃあ、また会えた記念に。家まで持ってあげるよ。」

 

呆れられたと思っていたのに全然違う事を言われて驚いて顔を上げると、美しい顔に満面の笑みを浮かべている美丈夫と目が合った。

 

「いえ、あの、悪いですし。」

「ここでぶつかったのも何かの縁だよ。それに袋も破けちゃってるし、二人じゃないと持てそうにないでしょ?」

 

そう言われると確かにそうだから二の句も告げない。

どうにか断ろうと口をパクパクさせていると美丈夫はさっさと歩きだして振り返った。

 

「こっちであってる?早くおいで?」

 

その毒気のない鮮やかな笑みに頑なな心が馬鹿らしくなって、駆け寄ると二人で並んで家に向かった。

 

「あの、ありがとうございます。見ず知らずの方に。」

「ん~。知ってるよ?顔と名前はね。」

「え?名前、ですか?」

「うん。ゆーりんでしょ?」

「!」

「前会った時、いや、ぶつかった時か。そう話しているのを聞いたんだ。」

 

ごめんね、とバツが悪そうに謝ってくる顔はそれが心からの言葉だと言っているようで。

寧ろ一度聞いただけの名前と顔をよく覚えていたなと感心してしまう。

 

「大丈夫ですよ。私なんか、よく覚えてくださっていましたね。」

「うん、だってゆーりん元気だったし、声も鈴の様に響いて、笑顔も可愛かったし。」

 

そりゃあね、忘れるわけないよ。と笑いながら見つめられると居た堪れなくて。

 

「あ、あの!何もできませんが!良かったらお礼にご飯を御馳走させていただけませんか?と言っても私が作るただの庶民料理ですが!あの、御屋敷のお嬢様にも好評なので、大丈夫かと思うんですが!って自分で何言ってるんですかね?」

 

慣れない褒め言葉に動揺を隠せず早口になったのは許して欲しい。

 

「ふふ。うん。僕なんかに食べさせてくれるなら、お邪魔してもいいかな?」

「は、はい!是非!家事は得意なんです!これくらいしかお礼できませんが、頑張って作りますね!」

「じゃあ、早く帰ろう。楽しみだな、ゆーりんのご飯。」

「なんてことないですよ?普通ですよ。あまり期待しないでくださいね。」

 

他愛ないことを話しながら家路を急いだ。

 

家に着いてからは台所は戦場と化した。

1か月に一回休めたらいい方だ、と李順さんから言われていたので、ここぞとばかりに保存食を作り置きしておくための荷物だったのだ。

お客さんが来ていることもすっかり忘れ家事に夢中だった私は夕餉の支度がやっと終わったころ思い出した。

 

「あ、あの~、ごめんなさい。作ることに夢中ですっかりほったらかしにしてしまって・・・。お構いもせず・・・。」

「ん~ん、大丈夫だよ。あちこち動き回って凄いなって感心して見ていたから楽しかったよ。」

「あちこちって・・・。これくらい普通ですよ?」

「そう?」

 

私が落ち込まないように気を遣って言ってくれているのだろう。

にこにこと笑顔を崩さずにこちらの様子を伺っている。

美丈夫の上にこんなに思いやりがあるなんて、今日はいい日だわ、なんて能天気な考えまで浮かんできたけど。

 

「やっぱり駄目です!!」

「ええ?な、何が?」

「そんな甘やかさないでください!」

「え?ゆーりん、ちょっと落ち着いて・・・。」

「私は落ち着いています!!」

「えーっと、何が駄目なのかな?」

「お客様を自分で招いておいたにも拘らずほったらかしてしまったことです!」

「ああ・・・。」

「何か、何かできることはありませんか?」

「ええ!だって夕餉を御馳走してくれるんでしょ?それで十分だよ。」

「だって、それだけじゃあ悪いです!」

「そう?」

「そうなんです!!」

 

握り拳を胸の前で握りしめ、兎に角何か頼み事はないかと勢いよく言いつのる。

と、ふぅっとため息が聞こえた。

やり過ぎたかと思ったけど、美丈夫の言葉を待つことにした。

 

「ん~、じゃあさ、こうしようよ!」

「なんですか?何なりと!!覚悟はできています!」

「いや、覚悟ってそんなすごいことじゃないんだけど。」

「はい!」

「あはは、ゆーりんって面白いね。」

「普通です!!」

「ぷっ、普通って。僕こんな顔の女の子見たことないよ。」

「~~~~~っ!!ひ、酷いです!」

「あはは、ごめん、ごめん。言い過ぎた。ゆーりんが楽しいから、つい。」

「もう、もう、えっと・・・あれ?」

「ん?」

「あの、すみませんが、お名前を伺ってないような気がするのですが・・・」

「うん、聞かれてないね。」

「教えていただけますか?」

「僕・・・?」

「あ!もしかして都合が悪いとかだったらいいんです。」

 

さっきは焦っていて気が付かなかったけど、よくよく見ると下町ではあまりお目にかかれないような上等の生地を身に纏っていることに気が付く。

もしかしたら貴族とか何とかで、身分を明かせない立場かもしれない。

 

「そうだね。知らないと呼ぶときに困るよね?」

「え?いえ、まぁそれは、どうにか・・・。」

 

答えがしどろもどろになってしまったのは許して欲しい。

嘘は苦手だ。

それに、一緒に歩いたりして話をするのはとても楽しかった。

だから、名前くらいは知りたかったし、呼びたかった。

 

「翔、だよ。」

「しょう、様ですか?」

「様は要らないよ?」

「では、翔さん、で。」

「・・・。」

「~~~しょ、しょ、う?」

「うん!ゆーりん。」

 

2人見つめあって笑った。

 

後宮に、偽物だけど入ってからと言うもの、こんな穏やかな時間を過ごせていなかったことに今更ながらに気が付く。

あそこでは本当の自分には蓋をし、表情も動き方も考え方や感情まで全てが私であり、私ではなかった。

更に陛下へと引きずられる気持ちに一生懸命ブレーキをかけるために日々気を抜くことが出来ず、嫉妬と羞恥と忠誠と、もういろんな気持ちがごちゃまぜで、24時間偽りの自分を演じ続けていたことが自分をいかに疲弊させていたのかが分かる。

 

自分らしく振る舞えることがこんなに楽しいことなんだと初めて気が付いた。

 

「ふふ、ちょっと、いい気分です。」

「ん?何が?」

「秘密です。さて、しょ、翔?私に何か頼み事とか在りませんか?嬉しいのでなんでもいいですよ。」

 

自分が自分らしくいられることが素晴らしいと認識させてくれたのだから、できることなら何でもやろうと心の中で握り拳を作った。

 

「じゃあさ、またこうやって食事を作ってくれる?」

「へ?そんな事でいいんですか?」

「うん、僕ゆーりんの顔見るだけでも楽しいんだけど。」

「さっきから失礼ですよ。もう。でも本当に?」

「うん。だってさっきからとってもいい匂いがしてて早く食べたいくらいだよ。」

「あ!そうでした!冷めちゃいますね!弟はまだなんですけど、先に食べちゃいましょう!!」

 

そうやって食べながら楽しく会話をして。

私が帰って来た時で、また翔に偶然にでも会ったら食事を作って御馳走する、という話に落ち着いた。

 

そんなに偶然会う事もないだろう。

きっと翔なりの優しさなんだろう。

 

優しい人だな。

 

気が付くと帰省前の憂鬱はどこかへ飛んで、優しい時間が流れていた。

 

 

 

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つづく

柔らかく優しく甘く⑦

我慢のできない狼さんが大好きです!

 

いってらっしゃいませ! 

 

 

 

 

 

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あれから・・・。

 

気を失う様にして眠りについた翌日・・・。

 

「あら、お妃様。寵愛の印ですわ。素敵ですね。陛下のおっしゃられた通り、とても仲睦まじくいらして、私たちも嬉しいですわ。」

 

いつも支度を手伝ってくれている侍女さんがほぅっと頬を染め嬉しそうに一点を見つめていた。

 

「え?なにを・・・?」

 

鏡越しに彼女が見つめる先は首の付け根辺りで。

じっと見つめているそこに目をやると、ほんのりと赤くなっていた。

季節はまだ涼しいのに虫に刺されたのだろうか、と不思議に思っていると。

 

「あの後ゆっくりと過ごされたのですね?こうして印を刻むとは、陛下もお妃様の事を大事に想っているという事を皆に知らしているのですわ。昨日は紅珠様がいらして、その後お妃様が体調を崩されたことを私共も心配していたのです。陛下もきっとそうですわ。」

「む、虫刺されじゃないかと・・・。」

「いいえ!違いますわ!それは御寵愛の証でございます!見間違えるわけが御座いません!陛下はお妃様の事を大層大事にされているのでございますわ。」

 

瞳を潤せ頬を染め両手を胸の前で握りしめて恍惚と語られる。

 

_____つまり、陛下への悋気のあまり私が体調を崩し、陛下が私を気遣って跡を残した、とそういう事?

 

居た堪れない・・・。

と言うか、本当に口付けの跡なのか?

経験のない私にはわからないものの、妃として此処にいるのだから絶対違うと反論するのもおかしな話で。

 

「あ、ありがとう、御座い、ます・・・。」

 

よくわからないけど、侍女さん達の気遣いに感謝だけはした。

悋気を起こしたと言えばそうなので、心配をかけたなら悪いことをしたなと反省した。

偽物の妃が悋気を起こすなんておかしいのに。

侍女さんたちは私が偽物だとは知らないから。

ましてや私は後から来た者で、紅珠様の入宮はずっと前からの決まり事だ。

陛下のお嫁さんになることは、いや、王様にならなかったとしても、彼のお嫁さんになることは昔からの決定事項だ。

後宮に来るからには、皆寵愛を競う事は当たり前で、悋気がどうとかいう問題でもないだろう。

特に紅珠様は御正妃様になられるのだから、入宮してくる妃全てを統べなければならない。

悋気など御して生きていかなければならない世界だろうと思う。

やっぱり私にはよくわからない世界だな、と一人心の中で呟いた。

 

「今日の御支度は整いました。いかがですか?お妃様。」

 

1人思案の底に沈んでいると侍女さんに声を掛けられた。

 

「はい。今日もありがとうございます。」

 

李順様仕込みの妃演技用の優雅な笑みを浮かべお礼をいう事には慣れたけど。

 

 

 

 

 

いつもは一人で食べる朝餉、といっても給仕してくださる侍女さんたちに見守られながらの緊張する時間ではあったのだけど。

珍しく陛下から共にとの言付けがあり、気を取り直して侍女さんたちと準備をして待っていた。

 

「妃よ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「はい、おはようございます。早々に床に就いてしまい碌にお相手も出来なくて申し訳ございませんでした。」

「いや、私がまた無理をさせてしまったからな。それよりも、もっと近くでその花のような笑顔を見せておくれ。」

 

朝っぱらから甘い狼陛下全開で手を伸ばしてきた陛下はあっさりと私を腕の中に捕えると、顎に指を掛け上を向かせる。

またか?と思いつつも、反射的に目を閉じると昨日感じたものと同じ感触が唇を辿る。

 

軽く触れ離れる。

 

「ふっ、そんなに目を閉じて、朝から私を誘っているのか?可愛いいことだ。」

 

背筋がゾクっとすると同時にまた唇を塞がれ舐められた。

 

「や、いや・・・。」

 

どうにか口にできた反論の言葉はとても小さなもので。

唇から熱が離れると、ギュッと抱きしめられながら耳元で囁かれる。

 

「ならば、私の目を見ろ。そうすればやめてやる。」

 

陛下の恐ろしく残酷な言葉もまた私にだけ聞こえるくらい小さなものだった。

 

それからはもうなんだか訳がわからない日々を過ごした。

 

陛下は政務の間に少しでも休憩が取れると私を呼び出した。

その度に腰を攫われ膝上に囲われては口付けを与えられた。

後宮の四阿だったり、私の居室だったりならまだ良かったけれど。

いや、良くはないんだけど。

時には王宮側の四阿だったこともあった。

まさか臣下のいる所ではと油断した私を嘲笑うかのように、更に甘く激しく施される口付けに気が付けば溺れそうになる自分がいた。

 

その度に耳元に落とされる声。

 

「早く私の顔を見つめておくれ。」

 

寂しそうに聞こえるのは私の耳が壊れているのか、心が勝手にそう聞こえて欲しいからなのか。

口付けた後に愛しそうに私の頬を辿る指先が心地よいと思ってしまうのは、もっと触れて欲しいと思ってしまうのは・・・。

離れていく熱を寂しく思ってしまうのは、縋りついてしまいたいと思うのは・・・。

 

顔を見てしまったら、きっと最後。

恋心は抑えられなくなってしまう。

今ですら甘い束縛と抱擁に溺れてしまいそうなのに。

 

でも・・・。

顔を見れば、もう口付けはされずに済む。

 

違う・・・。

口付けされなくなるのが、嫌、なんだ。

 

どっちをとっても自分にとっては困ったことになる。

顔を見れば口付けをされずに済む。

それは愛しいと思う人に嘘でも触れてもらえなくなるという事。

顔を見なければずっとこのまま口付けられるのだろう。

それはそれで気持ちが溢れ出してしまいそうだった。

いつかは帰らなければいけないのに、戻れなくなりそうな自分が嫌だった。

 

どっちに転んでも、自分は陛下が好きで仕方がなくなることに違いはなかった。

 

もう限界だった。

 

取り敢えず、ここを少し離れよう。

少し気持ちを落ち着かせれば、気のせいだったと思えるかもしれない。

 

 

 

 

 

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「李順様!お願いがあります!!」

 

お妃教育の時間が終わり、皆で老師の部屋で軽い食事を楽しんでいた時。

夕鈴は思い切って休暇をお願いしてみた。

 

「弟も気がかりですし、少し、お休みを頂きたいんです!!」

「ああ、そういえば、貴女には官吏を目指す弟がいましたね。」

「そうなんです!この肉饅頭も弟の好物です!」

「りんりんちゃん、これうめぇよ。」

「ありがとう!!大ちゃんはいつもいい食べっぷりで嬉しいわ。」

「私にはちょっと塩っ辛いですがね。」

「掃除娘!年寄りにはもう少し優しい味付けにせんかい!」

「・・・姑、小姑。」

「何かおっしゃりましたか?休みを頂きたくなくなったと?」

「いえ!何でもありません!次はもう少し薄くします!!」

 

最初は掃除だけを空いている時間にやっていた夕鈴だったが、最近では戻った時に料理の腕が落ちていると困る、と言うのと、陛下に合わせると食事の時間が無くなると言う李順の為というのでお妃教育のある日は老師の部屋で軽く食べられる料理を作ることが常態化していた。

李順の時間が少しでも空けば妃教育がなされるので、ほぼ毎日といってよかった。

その為毎日共に軽食を取る中で気心も知れ、授業さえ終わってしまえば気の抜けるお気楽な会合でもあった。

と言っても食べ方一つとっても妃として食べる様に言われめんどくさいことではあったけど。

 

「ふむ。そうですね。囮として何件かもう役に立っていただいてますし、一度宿下がりとして休暇を取っていただいても構わないと思います。まぁ、一応妃なので、陛下の決済が必要ですが、問題ないでしょう。その間、紅珠様に来ていただけば、氾の顔も立つでしょうしね。」

 

居ない間に紅珠様が陛下をご訪問される・・・。

 

震える両手を握りしめて言った。

 

「ありがとうございます!休暇楽しみです!」

 

 

 

 

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つづく